竹内文書の普及待ったなし!
竹内文書は、研究家たちの血のにじむような努力が実を結び、偽書のレッテルをはがす用意ができています。その内容は、現代社会の常識を超えるものです。勇気を持って受け入れましょう。
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人は決まりがあってこそ自由である
本日、某教育番組で、「多様とバラバラは違う」ことが説明されていました。
そのとき、私が思いついたことは、2点あります。
  1. 「多様」は「いろいろ」と言い換えできる

  2. 「いろいろ」であっても良いから、天皇を中心にする社会が理想だ


特に後者は、当ブログの主眼です。
竹内文書に描かれる天皇中心の社会は、本当は自由です。各人は自分のできることを自分の権限の中で行うことができたのです。

私が竹内文書から読み取った太古の決まりは、以下のとおりです。
  1. 天皇は宇宙の中心と認めること

  2. 皇后は宇宙の保護者と認めること

  3. 身分の低い人でも、目上の人に仕えることで天皇に使えることと同じとみなすこと

  4. 植物食を行うこと(動物食禁止)

  5. その上で、他者に強制せず、互いに自由であること

つまり、決まりがあってこそ自由なのです。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
後半では、「天皇中心」と多様の両立を少し掘り下げます。
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冒頭で紹介した教育番組で、その講師は、人の多様性を認めたうえで、何らかの決まりが必要だと説きました。
そう、まさに首題のとおりです。

さて、私信ですが、首題の件、私の座右の銘でもあります。
この言葉を思いついたのは、高校で物理を習った影響があってのことです。だからこそ、地下鉄サリン事件が発生した後、旧オウム真理教の教義の一つ「絶対自由」にすんなり反対できたのです。旧オウムの実体は、報道されているとおりです。

旧オウムと似ていた集団に、シュメール人がいました。竹内文書によると、シュメール人は、故郷の現イラクを捨てて、太古の日本に侵入しました。
そのとき、シュメール人は、太古の自由度を悪用し、天皇に遷都を強要しました。
記紀で、日本の神々が宮崎県の高千穂に発祥するとあるのは、その陰謀の表れです。
なお、シュメール人はその後、富山県の呉羽に遷都させました。最初は天皇の権威を借り、後に邪魔になったのです。実に、旧オウムに似ています。

太古においても将来においても、天皇中心の社会は、「天皇制」と言われるような不自由なものではありません。
ただ、人間が原子や太陽系をまねて、秩序立って行動するのです。その中で、自分ができる範囲のことをすればよいのです。それに、上の人しかできないことは、上の人が行えばよいのです。
私とて、宇宙の中心ではありません。宇宙の中心は、現在は天皇陛下がおなりあそばしているため、宇宙の中心を祀るのは天皇陛下が行えばよいし、そうすべきなのです。

前半で「目上の人に仕えることで天皇に仕えることと同じとみなす」とは、衛星が惑星の中心を回るのをまねるだけです。
私は、今の身分でできるだけのことを行うだけです。その一つが、当ブログの執筆です。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
下のリンク先では、天皇を中心とする決まりの中での自由な社会を実現したい方を集計しています。
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