竹内文書の普及待ったなし!
竹内文書は、研究家たちの血のにじむような努力が実を結び、偽書のレッテルをはがす用意ができています。その内容は、現代社会の常識を超えるものです。勇気を持って受け入れましょう。
DATE: --/--/--(--)   CATEGORY: スポンサー広告
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
騒音がアストラル体に影響を与えるメカニズム
アストラル体は、電子で構成されます。その電子が、騒音によって狂わされるという話を、『超巨大[宇宙文明]の真相』(ミシェル・デマルケ著、ケイ・ミズモリ訳、徳間書店(1997))で読みました。今になって、そのメカニズムを理解できるようになりましたので、お知らせします。

ブログランキングFC2ブログランキングへ
banner2.gif人気ブログランキングへ
つづきを表示
スポンサーサイト
page top
人の思いが水に伝わるメカニズム
皆さんは、江本勝氏による水の研究をどうお考えでしょうか。
人の思いが氷の結晶に現れるのです。そのことを、唯心論と書く人もいました。

しかし、私は、以下の3点によって理解できました。
  1. アストラル体が電子でできている。
  2. 水分子は水素結合で互いに水和し、クラスターを形成する。
  3. あらゆる物質は、電場(電界)に晒されると、静電気を帯びる。


このうち、アストラル体が電子でできていることを、今のところ証明するすべはありません。しかし、江本氏の水の研究により、間接的に証明していると、私は言えます。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
後半では、水が人の思いを伝えるメカニズムの仮説を立てます。
ブログランキングFC2ブログランキングへ
banner2.gif人気ブログランキングへ
つづきを表示
page top
方角を表す言葉

現代では、方角を表す言葉は、基本的に東(ひがし)、南(みなみ)、西(にし)、北(きた)とその組み合わせです。

江戸時代では、干支で表していました。北を子(ね)とし、時計回りに12等分に割り振られました。東は卯(う)、南は午(うま)、西は酉(とり)です。

竹内文書では、むしろ現代の方角の呼び方に近かったとされています。中でも、東はそのまま「ひがし」であったことは、辛うじて竹内文書の時代の言葉が残っていたことに、ありがたみを感じます。

さて、竹内文書の方角の名前に、もう一つの特長があります。それは、東を含めて、すべて「ひ」で始まることです。 以下の表に挙げます。

竹内文書の方角の名前現代の方角の名前干支(*1)
ひがし卯(う)
ひたつ東南東辰(たつ)
ひいた南東巽(たつみ)
ひたみ南南東巳(み)
ひなた午(うま)
ひいろ南南西未(ひつじ)
ひこし南西坤(ひつじさる)
ひさり西南西申(さる)
ひにり西酉(とり)
ひいる西北西戌(いぬ)
ひこね北西乾(いぬい)
ひとつ北北西亥(い)
ひうけ子(ね)
ひうい北北東丑(うし)
ひむあ北東艮(うしとら)
ひあけ東北東寅(とら)

(*1)干支による表現は、左の2種類の表現とは方角がずれている。

現代では方角として使われていない「ひなた」が、南の意味に使われていたことも、お読みになってお分かりになったと思います。 しかも、南アメリカ大陸のことを、「ヒナタエビロス」と呼んでいたともあります。ちなみに、北アメリカ大陸も、「ヒウケエビロス」です。
「エビロス」は「えびす」で、「ヒルコ(蛭子)」(古事記では水蛭子と書く)に通じます。蛭子とは、イザナギノミコトとイザナミノミコトの子に当たり、古事記の記述とは異なり、南アメリカ大陸に派遣されたお方です。
その「ヒナタエビロス」(南アメリカ)にあるブラジルに、未来をほぼ言い当てる男性がいるのですから、不思議なめぐり合わせです。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
下のリンク先では、竹内文書にある日本固有の言葉で方角を呼びたい方、読んでいる方を集計しています。
ブログランキングFC2ブログランキングへ
banner2.gif人気ブログランキングへ

page top
安藤昌益 vs ヤマギシズム
安藤昌益と相反する農業として、収奪農業を挙げられる方がいらっしゃると思います。
ここで、ただの収奪農業よりも強く対立していた農業を取り上げます。それはヤマギシズムです。
かつて、大人たちを洗脳し、子供たちに虐待をしてきた、あの農業集団です。

大人も子供も、その「村人」の人数では手に負えない大量の作物や家畜に駆り立てられ、睡眠時間もろくになかったその有様は、ただの収奪農法よりも悪辣でした。
子供たちは、虐待を避けんがためにいやいや農業に駆り立てられ、農薬をまき続けていました。そのような後ろ向きの心で田畑を耕し、家畜を相手にすると、精神的に追い詰められる一方です。部外者の私でも、後半で取り上げる書物を読んだだけで分かりました。
また、大量の農薬を「村」中に撒き散らした農法は、アメリカの機械化された農法を少人数に置き換えた、人の心も土壌も汚染する悪質な農法でした。農薬は、害虫や病原菌だけではなく、益虫やカエル、鳥をも殺してしまい、自然環境が破壊されます。結局、人間が生きていく環境ではなくなってしまいます。

これは、安藤昌益の「直耕」「互性」に反する農法です。

ヤマギシズムの体制が半壊した今こそ、とどめを刺す時が来たと感じています。
同様の思想とともに殲滅(せんめつ)するためにも、安藤昌益の思想を役立てたいと思います。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
後半では、ほかにもどのように安藤昌益と相反していたかを究明していきます。
ブログランキングFC2ブログランキングへ
banner2.gif人気ブログランキングへ
つづきを表示
page top
Copyright © 竹内文書の普及待ったなし!. all rights reserved. ページの先頭へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。